「いや、貴君が、小説家として、法律の点に注意をしているのは感心です。どうも、今の小説家の小説を読むと、我々専門家がみると、かなりおかしいところがたくさんあるのです。懲役の刑しかないところが禁錮になっていたり、三年以上の懲役の罪が二年の懲役になっていたり、ずいぶん変なところがあるのです。それに、小説家のかく材料が、小説家の生活範囲を一歩も出ていないということは、かなり不満です。我々の注文をいえば、もっと、法律を背景とした事件、すなわち民事、刑事に関する面白い事件を、材料として大いに取り扱ってもらいたいですな。一体、完全な法治国になるためには、各人の法律に関する観念が、もっと発達しなければだめです。それには、もっと君たちが、法律に関係のある事件をかいてくれて、法律というものが、人間生活にどんなに重要な意義を持っているかということを、一般に知らしてもらいたいと思うのですがね。もし、君がかくつもりなら、僕が検事時代の経験をいろいろ話して上げてもいいと思いますよ」
そんな、冒頭をしながら、彼は次のような話を、自分にしてくれた。
「俥《くるま》が、大門を潜ったとき、『ああ島原とはここだな』と
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