、一度に六、七円ずつも使うと金が足らなくなるわけだな』
『へえい』
『じゃ、何か別な所で金の工面をしたわけだな』
『へえい』
『誰かから、金の工面をしてもろうたわけだな』
『へえい! 友達から二十円ばかり借りました』
『そのほかにないか』
『親から十円借りました』
『うむ。合して三十円だな。そのくらいの借金なら、払えないという借金じゃないな』
『へえい』
『一体、どうしてこんなことをやった』
 若者は、しばらく考え込んでいたようでしたが、急に咳き込んで来たかと思うと、泡のような血を口から吐き出しました。気管の傷のために、血が口の中に洩れるのです。
 僕は、自分の尋問が、この青年の容体を険悪にしはしないかと思ったので、警察医にききますと、彼は平気な顔をして、
『何! 大丈夫です。どんなことをしたって、命に別条はありません。御心配なくお続け下さい』といいました。
 僕は、それに安心して改めて若者にいいました。
『そら、そんな風に考えたら駄目だよ。あっさりいうのだよ、あっさり』
 若者は、唇の周囲についた血を鼻紙で拭きながら、
『私は、今年は兵にかかっとりますので、入営するまでには金でも溜め
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