とになるのだからな』
検事でも、予審判事でも、尋問を始める前には、きっとこんな風なことをいうのです。そして、相手の心をのんびりさせておかないと、嘘ばかりいって困るのです。
『どうだい、男らしくいうつもりかい』
こう、念を押しますと、繃帯で首の動かせないその若者は、傷ついた喉から、呻《うめ》くような声を出して、
『男らしく申します。申します』と答えました。が、たいていの被告は、こう答えておきながら、嘘をつくものです。
『女の名前は何というのだい?』
『錦木といいます』
『いつ頃から、通っているのじゃ』
『十月の初めからです』
『じゃ一月にならないのだな。今までに何遍通った』
『今度で六回目です』
『一度いくらずつ金がかかるのじゃ』
『へえ!』若者は、ちょっといい澱《よど》んだが、痛そうに唾を呑み込んでから『六円から十円ぐらいまでかかります』
『お前は工場でいくら貰っているのじゃ』
『日に一円五十銭ぐらい、貰うとります』
『うむ、それでその中から食費だとか風呂代だとか引くと月に何程ぐらい残るんじゃ』
『へえ、十円ぐらい残ります』
『そうか、十円ぐらいしか残らんで、それで月に六遍も遊んで
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