》下黒筋違いの旗も、さっと前へ進んだ。鍋島勢が信綱の命に反して先駆したのではなくて、軍目付自ら軍律に反した始末なのである。
 この職充は平常士を好んで、嘗つて加藤清正、福島正則等、国を除かれ家を断たれた時、その浪士数十人を引取った程である。この時の戦いにこの浪士達が日頃の恩顧を報じて功を立てて居る。
 水野勝成は、鍋島先登の事を聞くや、五千の軍を整えて、子勝俊の来るのを待った。
 勝俊白馬に乗り、金の旗掲げて来ると、五千の兵勇躍して進んだ。
 勝俊は馬上に叱咤《しった》して、
「鍋島勢を排して進め」と命じた。
 城外の地勢険阻な処に来ると、馬を棄てて子の伊織十四歳になるのを伴って進んだ。激戦なので、掲げる金の旗印が悉く折れ破れた。旗奉行神谷|杢之丞《もくのじょう》、漸く金の旗を繕って、近藤兄弟をして、崖を登って掲げしめた。
 城外に在った勝成は、
「大阪の役に児子の功を樹《た》てた事があったが、今日児孫の先登を見る」と云って涙を流して喜んだ。
 細川越中守忠利は、地白、上に紺の九曜の紋ある旗を掲げ、狸々緋《しょうじょうひ》の二本しないの馬印を立て、黒白段々の馬印従えた肥後守光利と共に、
前へ 次へ
全34ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング