キハキしている悪気のなさそうなこの青年に、うちとけてもいい好意を感じた。彼女は、怯《わる》びれず肩にすがらせてもらった。
「でも、よかったですね。蹴られたりなんかすると、たいへんですよ。」
「あんまりあわてたもんですから、もっと落着いていればよかったんですわ。」
「誰でも、あわてますよ。こんな道で、あんなに駈けさせるんですもの……」
 夫人の高慢な態度を、新子に代って非難するように、新子を慰めつづけた。
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  圭子の仕事




        一

 新子の姉の圭子が、会員になっている新劇研究会というのは、M大学の文学科の教師をしている小池利男というフランス帰りの劇作家が、顧問兼監督をしていて、会員は大概良家の文化的の子女で、大学や専門学校へ通学している男女学生である。この春から第一回の公演として、アンリ・ルネ・ルノルマンの「落伍者の群」を、やるやると歌に唄いながら、結局学校の休暇を待つよりほかなかった。
 それに、劇場も夏場で、借りやすくなったので、S劇場を七月の二十五日から二十九日まで五日間だけ借りて、いよいよ公演の運びになった。
 圭子は、みんなから推されて、女
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