ろへご挨拶に出ようと思って、自分の部屋の扉を開けてみて、新子はハッとした。
 それは、間違って別室に入ったのではないかと思ったほど、容子が変っていたからである。自分が使っていた机の上は、キチンと片づけられ、そこに置いてあった数冊の本は影もなく、女郎花《おみなえし》と桔梗《ききょう》とを生けてあった花瓶も見当らず、ベッドの上の麻のかけぶとんもなく、棚の上のスーツ・ケースも無くなっていた。
 あまりの激変に新子は、あっけに取られて、立ちすくんでいると、新子の帰宅をそれと気づいたらしい女中が、廊下をバタバタと後を追って来た。
「南條先生! たいへん、失礼致しました。でも、奥さまがいらっしゃいまして、先生のお部屋が違っていると、おっしゃるもんですから、お留守でしたけれども、早速お変えしたんですの、奥さまはおっしゃったことを、すぐ致さないとご機嫌が、悪いものですから。」人のよさそうな女中は、オドオドしながらいった。

        四

 新子は、思わず身体が、ムーッと熱くなるような憤《いきどお》りを感じた。
 奥さまの考えで、部屋が違っていたにもせよ、自分が帰って来るのを待って引越させてくれ
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