「あら、先だって、伺いました南條圭子と、おっしゃって下されば、ご主人はご存じでございます。」と、云った。
 頭に在った新子とは違っているし、声もたしかに、新子ではないし、しかし夫人は語調を変えず、
「もし、もし、南條圭子さんですって! 私前川の妻の綾子ですが、主人にどんなご用でございましょうか。」と、切口上で訊くと、
「あら……」と、小さく、しばらく間を置いて、
「まあ、とんだ失礼を致しました。まあ奥さまで、いらっしゃいますか。私、お宅にお世話になっていました新子の姉で、ございますの。妹が、いろいろお世話になりまして……」と、言葉が改まった。
「まあ、新子さんのお姉さま。そうですか。それは、とんだ失礼を……あの主人に、どんなご用でございますか。」
 姉が主人と交渉があるとすれば、妹の方がより以上に何かあるかもしれないと、女らしい敏感さで、ピンと神経を緊張させた。
「あのう、劇の方の後援をして頂いておりますの。」
「何でございますって……」
「劇、あのお芝居でございますの。私達、お芝居をやっておりますの。」
「新子さんも……」
「いいえ。私だけ……」
「まあ……それは。」
「はア、前川さ
前へ 次へ
全429ページ中336ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング