らめて、しまったらしいのよ。あの前川さんを、お姉さんの愛人かパトロンかと思ったらしいのよ。あの方とお姉さん、何でもないの?」
「うるさいわよ。」姉は、つい険しい声で、きめつけると、顔をそむけた。さすがの美和子も、姉によっぽど悪いと思ったらしく、手早く寝間着に着換えると、電燈を消して、床の中へはいってしまった。そして、しばらくすると、この大胆なる恋愛|行者《ぎょうじゃ》は、もうかすかな寝息を立てているのであった。
 考えまい考えまいとしても、頭の中に一杯拡がって来ることなら、いっそ考えて考えぬいて、疲れた時に眠ることにしようと、新子は眼さえパッチリ闇の中に、開けてしまった。
 前川氏とたった一度一しょに、シネマを見れば、美沢に見つけられて、美沢が美和子と一しょに遊ぶ口実にもなれば、美沢が自分を思いあきらめる最後のとどめ[#「とどめ」に傍点]になるなんて、何という馬鹿馬鹿しいことだろうと苦笑したいくらいだったが、しかし、それを美沢に会って弁解する必要も感じなかった……。
 自分が一家のためだと思ってしたことが、いたずらに姉の演劇熱をそそり、妹のわがままを増長させ……前川氏の家庭を騒がし、奥
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