。」新子は、すかさず訊いた。
「私はね……云うのよしとこうっと……」
「ずるい! 仰《お》っしゃいな。」と、下から見上げる姉の眼に、かち合うと、すぐあらぬ方に、視線を外《そら》して、
「あの人ったら、とても慌てて、……私達は、切符を買ってはいるところ、お姉さま達は出るところでしょう。あの人雨に濡れるのに、大急ぎで外へ飛び出して、石柱にぴったりと家守《やもり》のようにくっついて、あの自動車をいつまでも恨めしそうに見送っていたわ。それで、くさっちゃって、もう活動なんか見るのよそうというのよ。……美沢さん、やっぱりお姉さんが、随分好きだったのね。」大きな上眼で、天井を見上げたまんま、美和子の言葉を聴いていた新子の口尻に、びくっと力が入った。瞳の色は、飽くまで冷たかったが、微《かす》かにせまった眉や、顎のあたり、胸底の懊悩《おうのう》をじっと押しこらえている感じが、歴々《ありあり》と浮び上った。
 姉のそうした表情を、妹は露ほども気がつかず、
「直感ね。私は、今日美沢さんと、一しょに出かける時から、何となくお姉さまに逢うような、逢ったら困るような気がしたのよ。でも、パッタリ出会《でくわ》さなか
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