の。いいところを!」と、いわれて思わず、眼を刮《みは》って、
「貴女も帝劇へ行っていたの?」と、語るに落ちた。
四
小さい机の端に、灰皿とも飾りとも付かずに、置いてある綺麗な小皿を、手元に下して、美和子はこの頃吸い覚えたらしい無器用な手付きで、チェリイの煙を、もくもくとただ吹き上げて、
「だって、随分目に立ったわよ。あんなブワブワとした珍しい自家用に、スマートな紳士と一しょに乗り込むんだもの。あの人、誰?」新子は、その話をさえぎって、
「美和ちゃん、貴女誰と帝劇に行っていたの?」と開き直って訊いた。すぐ(美沢にも見られたかしら!)と、ワクワクと、胸先に苦しさが来たからである。
「クライヴ・ブルックみたいじゃないの。あの人誰さ? お姉さまが云えば、美和子も云うけれど……」顧みて他を云うと、いった調子で、美和子は狡猾《こうかつ》らしく、姉の質問をそらして、自分の問いのみを主張した。
「あれ、前川さんよ。」新子は、妹を問いつめる必要上、覚悟をして、アッサリ云った。
「へえ――。前川さんって、あんなに素敵な人なの、驚いた――とても立派ね、……」
「貴女は、誰と行っていたの
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