しく長い車台の車に送られて、四谷の家近く、だがなるべく近所の人の目にふれない所で、おろしてもらった時は、六時というのに冬の日の暮のように暗く、運転手が開いた蛇の目に、点滴の音が、さかんであった。
「ねえ、よくお考え下さって! 僕まだ四、五日は、こちらにいますから、どうか会社の方へ電話を……」と、やさしく云ってくれた準之助氏の言葉を耳の底に、走り去る自動車を見送っていた。
一しょに居ると、頭のてっぺんから爪先までいたわりの限りをこめた、柔かく暖かいものに包まれているようで、相手の好意が、しみじみと有がたく感じられる。だが、それだけにどっか、気のつまる感じがして、
(お夕食もどうですか)と、云われたのに(家で待っておりますから――)と、云って、断ったのは一人になって考えたい心持もあったし、長く一しょにいてはズリ落ちて行くようになる自分の心を、引き止めたい気持もあった。
姉も妹も居ない薄暗い家の中に、ぼんやり独りになると、なんとなく心が滅入り込んで行った。美沢に対する未練までが、心の中に残っていて、一度美沢にあって、美和子のことを思い切り詰《なじ》ってやりたい気持の湧く傍《そば》から、粋
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