こえて、前よりもっと勢いよく、呼吸《いき》をはずませながら、かけ込んで来た祥子は、父と叔母と新子と三人を等分に見廻しながら、父に、
「ママは、今ご用ですって! しばらく待っていて下さいって――」
「そう、ありがとう。」と前川氏は、子供をいたわったが、すぐ新子に、
「しばらく、どうぞ。」と、挨拶した。
 子供に関する話題を中心に、三人の間にしばらく話が交わされ、二十分ばかり時間が経ったが、夫人は容易に現れては来なかった。
(何につけても、こんなに勿体《もったい》ぶるのであろうか。家庭教師の候補者などには、そうやすやすとは会わないという肚《はら》だろうか)そんな邪推が、新子の心に、ようやく萌《きざ》し始めた。

        四

 夫人の姿は、現れずして三十分近く経った。
 準之助氏はたまりかねたと見え、
「今度は、お前が行って、ママを呼んでおいで!」と、小太郎を迎いにやった。
 いつかまばゆいシャンデリヤに、灯《ひ》が入って、雨の日の昼の光では、やや重苦しく冴えなかった部屋が、急に花やかに照り返った。
 やっと、廊下にほのかな衣《きぬ》ずれの音がしたかと思うと、半ば開かれた扉から、夫
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