その声の調子にさえ、ゆかしい薫りのようなものが、感ぜられた。
その上、準之助氏の話しぶりでは、もう自分を雇ってくれることは、定《きま》っているようなものであった。
働くと決心した以上、軽井沢へ付いて行って、早く子供達になじんだ方がいい。九月まで待っている内に、前川家の事情が変ったりしては、いけない。殊に、奥さまは、気まぐれだというんだもの。
「はあ。どうぞ、私はどこへでもお伴いたしたいと思います。」
三
呼鈴《よびりん》に答えて、はいって来た女中に、
「子供達をここへよこしてくれないか。」と、命じた。
間もなく、小さい足音が廊下に入り乱れて、扉があくと、路子に連れられて、兄妹がはいって来た。前川氏は、ふり返って十二になる男の子の頭に手を置くと、
「小太郎というんです。」と、やさしく名を呼び、父らしい微笑の眼で新子を見た。
短いズボンの下に、かぼそい足が、むき出しになっていた。モジモジしながら新子に頭を下げると、すぐ父の肩につかまった。
「これが祥子《さちこ》。」前川は、今度は右側の女の子の頭に手を置いた。
「この子は、まだ家庭で勉強させる必要はないんですが
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