をヒラヒラさせながら、廊下を、首をすくめ、肩を怒らしたふざけた恰好で弾丸のように走って、二階への階段を一足飛びに上りきってしまった。
新子は、小太郎の後姿《うしろすがた》を見送りながら、これは大変なことになったと思ったが、今更|施《ほどこ》すべき策がなかった。
「ママの嘘つき!」
「何が……」
「仕度って字は、こう書くんじゃないって!」
夫人は、美しい眉をよせて、
「ママは、その字ばかり使っていてよ。それ以外に、したく[#「したく」に傍点]と、どんな字を書くんだろう。」
小太郎は、新子が書いた字を、母に示しながら、いった。
「こう書くのが本当だって、だから僕仮名で書いておいたのに、ママが余計なこというんだもの。ママなんぞに、直してもらわなければよかった。」
夫人の眉は、たちまちピリピリと吊り上って、
「そうお。それで、南條先生が、わざわざ貴君《あなた》を、ここへよこしたの。」
「ううん。」小太郎は、騎虎《きこ》の勢い、そう答えた。
「じゃね、貴君の勉強の時間が了ったら、先生にお話があるから、この部屋に見えるようにいって頂戴!」
「うん。」
母の部屋から、バタバタとかけ出した
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