しややきびしい調子で、
「たいへん、お上手だけれども、一字小太郎さんらしくもない間違いをしていらっしゃるわ。ね、仕度は、支度の方が正しいと、この間云ったでしょう。」と、新子は鉛筆で、白い紙の端に支度とかいてみせた。
 いつも、素直な小太郎であるが、嫌いな綴方を、やっと自分で作ったのに対し、とやかく云われたことが、すぐかん[#「かん」に傍点]に触ったらしく妙に意固地になり、てれくさくなったらしく、
「僕、それよく分らなかったから、平仮名で書いておいたの、そしたら、ママが本字を教えてくれたんだもの。それでも、いいんだよ。」と、子供らしく、喰ってかかって来た。
「ええ、普通によく仕度とかいてありますけれど、それは間違いなんですよ。やっぱり支度と書かなけりゃ。」
「だって、僕が間違ったんじゃないや、僕は平仮名で書いておいたんだもの。ママが悪いんだ、ママに怒って来る!」と、云うと小太郎は早くも立ち上って、(アッ!)と云う間もなく、飛鳥のように部屋を飛び出した。

        二

「小太郎さん、お待ちなさい!」と、新子はあわてて、後から部屋を出て、呼び止めたが、小太郎は綴方《つづりかた》の紙
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