、美和子の肌を遠ざけながら立ち上って、片隅のビクトロラの蓋を払って、バッハのコンチェルトをかけた。
「美沢さんのところには、ジャズがないのね。」
「有る。二、三枚なら、テレジイナのカスタネットでもかけようか。」
「そんなのいや。もっと、ウットリとのびのびするようなの、ないの。どら。」
立って来て、レコード・ケースを掻き廻して、
「仕方がないわね。これでもかけましょう。」と、取り出したのは、ラヴェルのエスキャール。
「そりゃジャズじゃないぜ。」
「これの方が、ましだわ。」
「へえー。君、ちゃんと知っているんだねえ。」
「そりゃア知ってるわよ。新協なんか、もうせんから、シーズンになれば欠かさないのよ。」
美沢は、美和子の中に、なにか新しいものを発見《みつ》けたように、彼女を見直した。
やがて、レコードが重くはなやかに、物がなしく、ひそやかに、あらゆる感情の交錯した音を、ひきずり出して、部屋の気分を一変させた。
「君が、音楽が好きだとは思わなかった!」
「あたし何でも好きよ。音楽も、文学も、恋愛も。」
「へえ! 剛気だな。でも、恋愛だけは余計じゃないか。」
「三人姉妹でしょ。三つの階級
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