のかな)そう思って、胸をとどろかして、階段の口まで出た。
「ご免下さいまし!」
 いよいよ新子のような声が、玄関から、あきらかに、ひびき上って来た。

        二

 思いがけない――全く思いがけなく、それは美和子だった。
 新子ならば、――彼は瞬間新子が来たと感じてしまったので――物をも云わず手を取って、二階へ抱き上げてしまおうと思い、激しい情熱が顔一杯に露出《むきだし》になっていたので、――意外にも洋装の美和子の姿が、ヒョッコリ三和土《たたき》の上に微笑むと、彼は表情のやり場に困って、顔や心を冷静に引きもどすために、しばし黙っているよりほかに、方法がなかった。
「何を、びっくりしていらっしゃるの?」美和子も、てれくさそうに、しかし、すぐと散る花片《はなびら》のように、表情を崩しながら、彼を見上げた。
「お上り! 一人?」彼は、まだ妹の背後から、玄関へはいる新子を想像していた。
「上ってもいいの?」
「だって、遊びに来たんでしょう。」ようよういつもの自分に返ることが出来た。
「小母さまは?」
「今、ちょっと用達《ようたし》に出かけている。」彼は、そういうと、先へ大急ぎで、二階
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