て差支えあるまいと、サリサリと封を切ってみると、手紙と共に数枚の為替《かわせ》証書だった。
 そのとき、誰か部屋にはいって来る気配がしたので、圭子は咄嗟《とっさ》に手紙を懐《ふところ》に入れてしまった。半ば発作的に。後《うしろ》の襖が明いた。母ではなく、さっきから勝手で、顔を洗っていた妹の美和子だった。
「お姉さま、どうしたの。お母さまを怒らしたの? ご機嫌がわるいったらないわ。」
 妹の爽やかな調子に、圭子はいましがたの自分のあさましい所業に、面《おも》ぼてりがして、一時に身内がカーッとほてって、返事をしないでいると、
「あら、お姉さまも時雨《しぐれ》ているのね。お母さまが、あの調子じゃ、私今日少しお小遣いをねだろうと思っているのに、絶望だわ。お姉さま、三円かしてくれない?」
「駄目だわ。私だって!」やっと声が出た。
「え、駄目なの――切符を、十枚も売って上げたのに、少しコミッションよこしてもいいわ。」
 美和子は、美和子としての不平をいいながら、タンゴのステップで、クルクル廻りながら、圭子の向いに、どしんと坐った。
「それどころじゃないわよ。研究会が火の車で、マゴマゴすると、小屋代
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