の伯母さんだもんだから、ちょっと当人くらいは見ておかないと、ウルサイんでね。」
「じゃその方とは会ったことないの?」
「もちろん……」
「それなら、かんにんしてあげるわねえ、逸郎さん、とてもニュースがあるの。降りてから話すわ。」
銀座の電車道で、自動車が止まった。
五
資生堂で買物をすませると、その向い側の喫茶部で、夫人はボックスで、木賀とさし向いになった。
「さっきいったニュースって、何ですか。誰のニュースですか。」
「今夜聞きたてなんだけれど……誰のことだと思う?」
「分りませんよ。そんなこといったって!」
「ほら、この夏、貴君が軽井沢に見えたとき、南條って、家庭教師がいたでしょう!」
「ええ、南條さん!」木賀は、ちょっとその名前をなつかしそうに、くり返した。
「あの女が、銀座のバーに出ているんですって!」
「女給にですか?」
「カウンターという説もあるけれど、おなじことじゃない、どうせ。」
「だって、あの人……そんなタイプの人じゃないけれど……何か急激な変化があったんですね……」と、木賀は実に意外に思いながら、軽井沢で見た、清々《すがすが》しい、しかし澄んだ色っぽさのある新子の全体を、ハッキリと思い浮べながら、そういった。
「貴君、酒場《バー》へよく行くらしいから、知ってるかと思った……案外逸郎さんあたりが、どこかへ紹介したのじゃないかと思ったわ。」
「ご冗談でしょう。僕は、夢にも知らなかった!」
「じゃ、貴君、あの人が、どこにいるか、探してご覧になったら、どう?」
「探して、どうするんです。また家庭教師になさろうとするんですか。」
「いやな人! だって、男の人って、知っている女が、バーへなんか出ると、とても興味を持つんじゃない? だから、貴君も、かの女に会って、かの女の変り方を見るのも面白いんじゃないかと思って……」
「うむ。」
木賀も、一目見たときから、好ましさで一杯だった人だけに、夫人に唆《そそのか》されると、興味を感じずにはいられなかった。その人の立ち働いているバーの容子などを、想像しながら、
「誰からお聞きになりました? 前川さんから?」と、訊ねた。夫人は、あわてて首を振って、
「いいえ、前川から、聞きはしないのよ、また私があの女が、銀座にいることを知っているなぞと、貴君前川にはいわないで頂戴ね。いったら絶交よ。」と、いった。
「前川さんもそれと知ったら、探しそうですか。」
「その危険もあるし、ほかに私が考えていることがあるの。とにかく、あなたあの女の在家《ありか》を突き止めてくれない?」
圭子を使っている上、木賀も参加させて、どちらからか、事の真相を、一刻も早く知りたい夫人の心である。
六
長い間の接吻――それは、偶発的でも、突発的でもない……。
前川の気持は、青年のように昂揚し、幸福と歓喜に躍り上った。もちろん、それ以上のものを求めようなどという気持の起らないほど、理想主義的なものであった。
持って生れた平和な性《しょう》から、不満な家庭の味気なさに安住することに努め、内にも外にも、人間らしい色彩を失いかけていた彼である。
若い純情な、愛し合う男女が、最初の接吻に、陶酔し、それ以上の邪心がないように……前川も、嵐もなく夕立もなく、心と心とが相触れて獲た新子の唇に、充分満足し、青年のような歓喜に躍り上っていたのである。
仮に人生を五十とするならば、あと十年足らずの前川なのだが、恋愛ヌキの漁色だけに、惑溺している知己のAやBを、心の内に思い起しながら、
(俺は君達と少しは違うのだ!)と得意な気持さえ、胸に湧いて来た。
珍しく、十二時近くまで、スワンで過ごして、日比谷から議事堂横を、自動車で走り過ぎながら、前川は幾年ぶりかに、生甲斐のあるような楽しさを感じた。
しかし、そんな多くの男性が、そうであるように、敬遠して独りにしてある夫人に、何か気の毒のような気がして、妻にも一層優しくしなければならないというように、明るく物が考えられて来るのだった。
門をはいって、植込から見上げると、夫人の居室に、水色のカーテンごしに、ぼっかりと灯がついているのが見える。
彼がモザイクの三和土《たたき》に、靴を脱いでいると、珍しく夫人自身が、階段を走り降りて彼を迎えた。
前川の楽しい気持は、そのまま他愛ない微笑となって、夫人を見た。
「おや、大変なご機嫌ね。」と、夫人は、グッと前川の胸元に、近寄って来ると、若妻のように、前川の唇のまわりの匂いを鼻でクンクンかいだ。
「お酒召し上ったのね。」
「うん、お止しよ。」と、やさしく肩に手をかけて、押しのけようとしながら、前川は久しぶりで、夫人を抱《いだ》き上げたいような気がした。
しかし、夫人は彼の手を冷たく退けながら、ごく
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