かった。前川が置いて行ったカナリヤの籠に面してぼんやり立っているうちに、なぜかしら寂しくなって、新子はぼんやりと涙ぐんでいた。
五
二人ぎりで、鋪道を歩いて行くと、さすがに美和子は話がないらしく、カツカツとハイヒールの靴音を立てて、おとなしく一歩後からついて来た。
快活で、こだわりのない、こんな妹が新子にあることは、いろいろ好都合だと思った。第一、この妹にねだられるのを口実に、毎日スワンへ通うことだっておかしくないし……。
この間中から、新子がお召の着物に、ハイカラな縞の博多帯ばかりをしめているのが気になっていた。よく似合うし、趣味も悪くはないが、あまり同じものをつづけているので……。何か新しい着物を贈りたい、と思いながら機会がなかったが、今日妹と歩くのは好都合だ。妹に何か買ってやるのを、キッカケに、新子に新しい着物を買おう、そうすれば自然でいいと、万事綺麗事好みの前川らしい考えが、胸の中に浮んで来た。
「お腹とても空いているのですか。」と、後へ微笑《ほほえ》みかけながら訊くと、
「ええ、ペコペコよ。」
「百貨店《デパート》の食堂なんか嫌いですか。」と云うと、けげんな顔で、
「百貨店《デパート》に、用事がおありんなるの?」
「ちょっと、松屋で買いたいものがあるんですが、貴女のご意見も伺った方が、いいかもしれないので、一しょに行って頂こうかと……」と云うと、早くも悟って、
「ああ、解ったわ。お姉さまに、何か買ってお上げになるんでしょう。いいわ。私が見立てるわ。その代り、私にも何か買って下さるんでしょう?」
「もちろん、そうなるでしょうな。」前川も、幾分ふざけて云った。
松屋まで歩くのは、ちょっと辛かったので、そこの駐車場から、円タクに乗った。
「買物を先にしても、大丈夫ですか。お腹が空いて倒れることなんかないですか。」と云うと、
「もう、お腹の空いていることなんか、忘れちゃったわ。何を買って頂こうかと、考えているのよ。もう、ご飯なんか、どうだっていいわ。私、ひとりで後で頂いてもいいことよ。」と、たちまち発揮する勝手坊主に、前川は苦笑しながら、
「貴女は、どんなものがいいんでしょうか。」と訊くと、美和子は小さい頭をかしげ、
「美和子、欲しいもの、いろいろあるのよ。でも、デパートなんかには、ないかもしれないわ。ローヤルで、サンダル・シューズをあつらえたいし、ヴァニティ・ケースもほしいのよ。」と、買ってもらうにも、自分の趣味は、主張しようとする。
「じゃ、お好みのものを。とにかく、松屋で、お姉さんに上げたいものを、見立てて頂いてから。」
「おお、うれしい。とても素晴らしい。でも、お姉さまの方が、私よりズーッと幸福だわ。」と、云った。
六
三階の呉服売場へ、真直ぐに行こうと、自動車を降りると、人混《ひとごみ》をわけて、真直ぐにエレヴェーターの方に歩き出す前川の後から、チョコチョコと美和子が、追いかけて来て、一しょにエレヴェーターに乗ると、前川がためらいもせず、
「三階!」と、命じる背中に、美和子は混んでいるので、蝉のように、くっついたまま、
「前川さん、女みたいに、よく知ってらっしゃるのねえ。」と、低くささやいた。前を向いたまま、前川は苦笑を浮べていた。
もう九月の二十日過ぎで、百貨店には、ボツボツ秋の新製品の陳列で、単衣物《ひとえもの》の良いものなど見当らないばかりか、いつか綾子夫人と一しょに来たとき、新子のために目星を付けておいたお召の単衣など、ショウ・ケースから姿をかくしている。前川は、うず高く積んである反物を、一反ずつ見る気にもなれず、ウロウロしていて、顔見知りの番頭などに、つかまるのも厭だった。場内を一巡して、またエレヴェーターの前に戻って来て、美々《びび》しく飾られている帯地の陳列を眺めていると、美和子が、
「あれ、ハイカラな帯ね。お姉様には少し華美《はで》かもしれないけれど……」と、海老色の繻子《しゅす》に、草花の刺繍のしてある片側帯《かたがわおび》を指した。そこへ目をやりながら、前川は、その帯の隣にある古風な更紗を、巧みに近代風な図案にした袋帯を見つけて、これは新子に似合うと思った。
「その隣のは、どうです?」と、美和子に訊ねると、彼女は生意気そうに、しばし見ていたが、
「悪くはないわ、少し高そうね。」と、陳列の帯がすだれ[#「すだれ」に傍点]のように垂れている中に、首を突っ込んで、値段を調べた。
「七十七円だわ。袋帯にしては高いのね。」と、もどって来た。
「これがいい、これに定《き》めましょう。」傍に立っているショップガールを、眼でさし招くのを、美和子が、
「あら、お買いになるの。お姉さまいいわねえ。」と、云った。
前川は、今日は夫人が、長唄のお稽古に行っているので
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