て格子戸の開く音がして、外へ出て行ってしまうと、新子は急に泣き出した。
つもりつもった涙で、一たんこぼれ出したとなると、後から後からと止める術《すべ》もなかった。
妹を心から非難することも出来ず、美沢を深く咎《とが》める気にはなれなかったが、ただ自分だけが、羽根をむしられた鳥のように、寂しい悲しい気がした。
家のため、姉妹《きょうだい》のためにと思って、思い立った家庭教師の仕事だった。美沢と、ひたむきに結婚まで進まなかったのも今自分が結婚してしまっては……母が……妹が……と思う心づかいからであったのに。
だのに、たった半月しか東京を離れていないまに、美沢も妹も、自分からはるかに遠い人間になってしまっているのだ。
軽井沢へなど行かなければ……と、やや涙の納まったひまに思い返すと、悪夢のような昨日《きのう》のことが、準之助氏の面影と共に、ハッキリと甦って来た。
あのあやまちも、軽井沢へ行ったためだった。夫人に対する意地と反感と、準之助氏から受けた同情と好意と自然の脅威を前にして、人間同士がお互にすがりつこうとする本能から、ついあんなあやまち[#「あやまち」に傍点]を犯してしまった。
何だか、自分自身が、頼りなく、哀れまれて、大ゲサな感傷に揺り立てられて、容易に泣き止むことが出来なかった。
「新子ちゃん、どうしたの。新子ちゃん。」
階下から隣の部屋へ、上って来ていたらしい圭子が、聞きつけて、びっくりしたようにはいって来た。
姉にとがめられて、ピタリとすすり泣きは止めたものの、まだ肩がふるえていた。
「どうしたのよう。」
容易なことで、取りみださない平生の新子を知っているだけ、圭子もこれはよほど、重大事と思ったらしく、しゃがむと姉らしく肩に手をかけて、
「ねえ。どうしたの。」と、不安そうにうかがうと、
「放っておいて!」と、新子は肉親らしい遠慮のない邪慳《じゃけん》さで、姉の手から身を引いた。
「何でもないのよ。放っておいて。お姉さんなんか、あっちへ行っちまってよう。」と、切れ切れにいいながら、また泣き沈むと、圭子はもの珍しいような、困ったような表情で、
「ほんとに、どうしたの。子供みたいに、ねえ泣くのよして。どうしたのか、おっしゃいよ。」と、無理につっぷしているのを起しにかかると、
「お姉さんの知ったことじゃないの。あっちへ行って!」力いっぱいよけられて、圭子は明かに不満の色をうかべ、
「まるで、ヒステリイね、前川さんのこと、ダメになったの。」と、立ち上りながら、手もちぶさたに妹を見おろしていた。
六
新子は、姉から前川家のことをいわれると、にわかにまた、いやな気持になってしまった。姉から、あんな非常識な無心が来なかったら、あんな事件も起らなかったかもしれず、また起ったにしたところで、金銭上の負い目さえなければ、もっと朗かで居られたのにと思うと、この惨めな暗い気持の原因のいくらかは、姉にもあるような気がして、急に語気も荒々しくなって、
「前川さんのことなんか聞かないでよ。そんなことを心配するくらいなら、あんな心ない無心なんかどうしてするの?」と、いった。
姉も、少しタジタジとなって、
「それは、私がわるかったわ。でも、あのことで、前川さんの方がダメになったのじゃないでしょう。だって、あの無心は快く聴いて下さったんでしょう。あの翌日、お使いの人がちゃんと届けて下さったんですもの。私、随分感心したのよ。前川さんて、何といういい方かしらって、ご主人がいい方? 奥さまがいい方?」
「………」
新子が、ますます不愉快になって黙っていると、
「お二人ともいい方なんでしょう。そうして、芸術に理解の深い方ね。それに、第一貴女がとても、信頼されていたんでしょう。これじゃ興行ごとに、切符の百枚や二百枚は、引き受けて下さるだろうと思って、私すっかり嬉しくなっちゃったのよ。」と、勝手なことを話し出すので、新子はすっかり憂鬱になって、だまりつづけていた。
「ねえ。」
「………」
返事をしないでいると、姉の手がまた肩にかかった。
「私、お目にかからなくっても、前川さんという方想像が出来てよ。だから、貴女が急にダメになるなんて、考えられないの! ねえ、どうしたの? 私だって、ガッカリしちゃうわ。」
姉の利己的な考え方に、あきれて涙も出なくなってしまった新子は、顔を上げて姉の顔を見直した。
「貴女、ほんとうに前川さんのところよすつもりで帰ったの。一体、どうして?」
「お願いだから、今訊かないで……」
「でも、よしたことはよしたの。」と、なおしつこく訊くので、新子はうるさそうに、
「ええ、前川さんのところはよしたの。でも、それだけが悲しいのじゃないのよ。いろんなことが、一しょくたになって悲しいのよ。」と、ややこらえ性
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