。
「前川さんもそれと知ったら、探しそうですか。」
「その危険もあるし、ほかに私が考えていることがあるの。とにかく、あなたあの女の在家《ありか》を突き止めてくれない?」
圭子を使っている上、木賀も参加させて、どちらからか、事の真相を、一刻も早く知りたい夫人の心である。
六
長い間の接吻――それは、偶発的でも、突発的でもない……。
前川の気持は、青年のように昂揚し、幸福と歓喜に躍り上った。もちろん、それ以上のものを求めようなどという気持の起らないほど、理想主義的なものであった。
持って生れた平和な性《しょう》から、不満な家庭の味気なさに安住することに努め、内にも外にも、人間らしい色彩を失いかけていた彼である。
若い純情な、愛し合う男女が、最初の接吻に、陶酔し、それ以上の邪心がないように……前川も、嵐もなく夕立もなく、心と心とが相触れて獲た新子の唇に、充分満足し、青年のような歓喜に躍り上っていたのである。
仮に人生を五十とするならば、あと十年足らずの前川なのだが、恋愛ヌキの漁色だけに、惑溺している知己のAやBを、心の内に思い起しながら、
(俺は君達と少しは違うのだ!)と得意な気持さえ、胸に湧いて来た。
珍しく、十二時近くまで、スワンで過ごして、日比谷から議事堂横を、自動車で走り過ぎながら、前川は幾年ぶりかに、生甲斐のあるような楽しさを感じた。
しかし、そんな多くの男性が、そうであるように、敬遠して独りにしてある夫人に、何か気の毒のような気がして、妻にも一層優しくしなければならないというように、明るく物が考えられて来るのだった。
門をはいって、植込から見上げると、夫人の居室に、水色のカーテンごしに、ぼっかりと灯がついているのが見える。
彼がモザイクの三和土《たたき》に、靴を脱いでいると、珍しく夫人自身が、階段を走り降りて彼を迎えた。
前川の楽しい気持は、そのまま他愛ない微笑となって、夫人を見た。
「おや、大変なご機嫌ね。」と、夫人は、グッと前川の胸元に、近寄って来ると、若妻のように、前川の唇のまわりの匂いを鼻でクンクンかいだ。
「お酒召し上ったのね。」
「うん、お止しよ。」と、やさしく肩に手をかけて、押しのけようとしながら、前川は久しぶりで、夫人を抱《いだ》き上げたいような気がした。
しかし、夫人は彼の手を冷たく退けながら、ごく
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