ていると、
「お姉さまア!」と、呼びかけながら、たちまち階段を上って来る騒々しい足音がした。その足音を聞いている内に、新子の胸の中には、自分でも思いがけないほどの激しい憤《いきどお》りを、妹に対して初めて感じた。
「お姉様!」扉《ドア》の外で、もう一度呼んだ。
「何をして、いらっしゃるの?」と、云いながら、美和子が姿を現した。新子は、なお顔をそむけたままで黙っていた。
「前川さんも、さっきから見えているのよ。知っていらっしゃるんでしょう。皆さん、お待ちかねだわ。」美和子が、口を利けばきくほど、それだけ鬱然と新子は、この妹が憎くなった。
 努めて、静かに、しかし冷やかに、
「貴女、お家へ帰ってくれたらどう――もう、ここへ来てほしくないのよ。私は……」といった。
 美和子も、さすがに、姉の厳しい様子に、ちょっと目を迯《そ》らすようにして、真面目な表情をしたが、すぐに不貞腐《ふてくさ》れて、白々しく、
「へえ――。美沢さんとの喧嘩の、飛ばっちりが、わたしに来るの? 迷惑だわ。」と、いった。
 新子は、自分が男だったら、何か手ひどい一言をいって、部屋の外へ突き出したい衝動を感じた。
「お姉様が、帰れといったって、階下《した》のお客様達は、みんな美和子びいき[#「びいき」に傍点]だわ。」美和子は、そんなことまでいった。
 言語道断な気がして、新子が蒼白い顔で、グッと黙りつづけているので、美和子も仕方がなく、
「降りていらっしゃらないのならいいわ。その代りに、前川さん、お帰りになっても知らないわよ。」
 黙っている新子にも、気になるにくらしい捨台詞《すてぜりふ》を残して、サッサと下へ降りてしまった。階段の中途からは、はやいつも口ずさむ小唄になり、わざと最後の二、三段は飛び降りたらしい騒々しさと、自分のことを何かおどけて報告したらしく、階下のお客達の笑う声や、美和子の甲高い声がきこえて来た。新子は、身内の慄《ふる》えるような口惜《くや》しさを感じた。美和子など、もう妹とは考えまいと思った。姉の幸福なら、どんなものでも、立ち入って来て自分も味わわねば承知せず、しかもそれを制せんとする姉の手を、チクチクと針で刺す――奇怪な動物のようにさえ感ぜられた。新子は口おしさといきどおらしさで、涙が流れ出すと、たちまち糸の切れた珠数《じゅず》のように止め度なく落ちた。

        五

 
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