」と珠子がいった。
「だってエ。相変らず、お姉さまのガチがうるさいもの、機を見て出て来たのさ。」
 家にいる美和子とは、似て似ぬほど、ほがらかで、しかもお互に男のような、言葉づかいの乱暴さであった。
「とても、今日ラッキイなのよ。お兄さまのお友達で、新音楽協会の練習所にいる人で、とてもハンサム・ボーイを、お兄さまが呼んであるんですって……」
「へえ――」
 キラキラ笑いにうるんだような美しい瞳をみはって、一わたり友達を見廻すと、美和子は、
「で、解った、道理で、ター公のお化粧が念入りだとさっきから、感心していたのさ。」
「チェッ! 生意気いうな。こいつめ!」と、殊子に肩先をつねられそうなのを、仰山《ぎょうさん》に飛びのいて、
「めんちゃい! めんちゃいっ!」と、向う側のソファに逃げた。笑いや、色や香りや、花園のように小鳥|籠《かご》のように、華やかで、騒々しかった。
 その騒ぎの内に扉が開いて、珠子の兄が、笑いながら立った。その背後《うしろ》により添うて、いわゆるハンサム・ボーイ君が控えていた。みんなは、ちょっと神妙にわるびれて取りすました。
 が、美和子はいきなり叫んだ。
「いやだ! 美沢さんじゃないの。」
 美沢も、美和子を見つけると、
「美和子さん、いらっしっていたんですか。僕が来たからといって、いやだはないでしょう。」と、この年頃の娘さん達は、扱い馴《な》れているというように、ゆったりした容子でまず美和子にほほえみかけて、他のお嬢さん達にも、ごく自然な会釈をすると、空席に腰をおろした。
「ねえ、ちょっと美沢さん。貴君《あんた》好青年《ハンサム・ボーイ》かしら?」
「これはどうも……」物に動じない快活な青年の顔にも、てれくさそうな色がひろがった。
 お嬢さん達は、笑いのコーラスだった。

        二

 ひとしきり楽しく笑いおわると、若い沢山の瞳が、一斉に美沢の方を向いて、パチパチとまたたいていた。
 珠子の兄が、頃合を見つけて、
「南條さんとは、お知合いだったのですか。僕の妹珠子です。美沢|直巳《なおみ》君。」と、こんな風に紹介した。
「ほほはほほ、珠子さんが、新音楽協会なんて、おっしゃるから、解らなかったのよ。ヴァイオリンの美沢先生といえばすぐ分ったのよ。それに、ハンサム・ボーイなんていうから、いよいよ解らなくしたのよ。」美和子は、なお悪ふざけを止
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