、美和子の肌を遠ざけながら立ち上って、片隅のビクトロラの蓋を払って、バッハのコンチェルトをかけた。
「美沢さんのところには、ジャズがないのね。」
「有る。二、三枚なら、テレジイナのカスタネットでもかけようか。」
「そんなのいや。もっと、ウットリとのびのびするようなの、ないの。どら。」
立って来て、レコード・ケースを掻き廻して、
「仕方がないわね。これでもかけましょう。」と、取り出したのは、ラヴェルのエスキャール。
「そりゃジャズじゃないぜ。」
「これの方が、ましだわ。」
「へえー。君、ちゃんと知っているんだねえ。」
「そりゃア知ってるわよ。新協なんか、もうせんから、シーズンになれば欠かさないのよ。」
美沢は、美和子の中に、なにか新しいものを発見《みつ》けたように、彼女を見直した。
やがて、レコードが重くはなやかに、物がなしく、ひそやかに、あらゆる感情の交錯した音を、ひきずり出して、部屋の気分を一変させた。
「君が、音楽が好きだとは思わなかった!」
「あたし何でも好きよ。音楽も、文学も、恋愛も。」
「へえ! 剛気だな。でも、恋愛だけは余計じゃないか。」
「三人姉妹でしょ。三つの階級があるのさ。上のお姉さまは、貴族《アリストクラット》よ。新子姉さまは平民で、あたしは芸術家《ボヒーミアン》よ。」
「なるほど、そうかもしれないな。」
「上のお姉さま、少しいやよ。家では、お高く止まって、結局皆に何かさせてしまうのよ。新子姉さまは、あまりに家のことを心配しすぎるのよ。つまり、貧乏性の損な性分なのよ。」
「君は?」
「ボクはね。とっても素敵さア。」
いきなり男の子のように、きらきらと眼を輝かした。
五
美沢は、いつの間にか、壁に背をもたせて、両足を前に投げ出していた。美和子と話していると、人間の男と女という気がしなくって、ついそんな遠慮のない姿勢になってしまうのだった。
美和子が、一茎の薔薇ならば、彼も一茎の植物の花になり、新鮮に軽快に、のびのびとした気持になるのだった。
コマシャくれた頭のいい妹と話しているような気になって、
「美和子ちゃん、君が素敵って、どんな風に素敵なのさ?」と、訊いた。
「そりゃ、キミがいわなくっちゃ。」白々と男の子のような、あどけなさで云った。
「チェッ、素敵なものか。僕に云わせりゃ、不良少女だぜ。」
「ああ、そう。私少
前へ
次へ
全215ページ中70ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング