ないんだもの……」
「駄々っ子だねえ。じゃ、小母さんの帰るまで、飲まず食わずにいるさ。」と、いって美沢が美和子と、さし向いに坐ってチェリイをつけると、美和子はすぐ羞《はずか》しそうに、唇の傍に手をあてたり、下眼づかいをしたり、いたいたしいほど、処女めいた表情をする。彼は、このお嬢さんを、いかに扱うべきか考えずには、おられなかった。
「靴下がとても、汗ばんで気持がわるいの。ちょっと、取っていてもいいかしら。」
「いいさ。」
美和子は、立ち上ると、それでもしおらしく、後《うしろ》を向きながら、スルスルと靴下を取ったが、かの女は彼の眼を、さっぱり恥かしがっていなかった。
「ねえ。随分毛深いでしょう。」
「うん。」
惜気もなく、前に出された裸の脚に、美沢は、ふーっと瞼や唇元《くちもと》を、温い風に吹かれたような気持で、
「僕なんか、キレイなものだ!」と、自分も、ちょっと浴衣《ゆかた》の裾を、あげて見せた。
「厭やン。男のくせに、そんなにのっぺりしたの気味がわるい。」と、いいながら、盛んに自分のスカートを引張り降して、
「毛ぶかい人は、情が深いって! 貴君なんか薄情なのよ。」まるで、年増|芸妓《げいしゃ》のような言葉を、はずかし気もなくズケズケいった。
「頭の毛なんか薄いんでしょう……」と、のび上って頭の頂辺《てっぺん》をのぞきに来た。
美沢は、もう美和子の前では、何事も遠慮なし、横になって話ししようと、また美和子が、シュミーズ一つになろうと、それは何でもないことだと、軽快に感じられて来た。
「こんなものさ。」と頭を下げて見せた。
「立派ね。あら、あら、白髪があるわよ。」
「ウソをつけ、光線のせいで光っているんだよ。」
「あんなこといっている。二本あるわよ。取ってあげるから、ジッとしていらっしゃい。」
四
美沢の耳の後に、美和子の手がふれて、頭を上げると、それが美和子の乳房を打つような感じだった。
雌蘂《めしべ》に抱かれた一|疋《ぴき》の虫のように、美沢は、深々と呼吸《いき》づきながら、
「痛っ!」
「それ、ごらんなさい。これ、白髪でしょう。白髪よ。」
「なるほどね。後は取らないでよろしい。」
「なぜ?」
「若白髪は金持になるんだろう。」
「そう云うわね。でも迷信よ。白髪なんか、ない方がいいわよ。」
「僕は、かつぎ屋だから……」と、あまりに近づく
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