ぎなかった。
ことに越前勢は目に余る大軍なり、大将忠直卿は今日を必死の覚悟と見えて、馬上に軍配を捨てて大身の槍をしごきながら、家臣の止むるをきかず、先へ先へと馬を進められた。
大将がこの有様であるから、軍兵ことごとく奮い立って、火水になれと戦ったから、越前勢の向うところ、敵勢草木のごとく靡《なび》き伏して、本多|伊予守忠昌《いよのかみただまさ》が、城中にて撃剣の名を得たる念流左太夫《ねんりゅうさだゆう》を討ち取ったをはじめとし、青木新兵衛、乙部《おとべ》九郎兵衛、萩田|主馬《しゅめ》、豊島主膳《とよしましゅぜん》等、功名する者|数多《あまた》にて、茶臼山より庚申堂《こうしんどう》に備えたる真田勢を一気に斬り崩し、左衛門尉幸村をば西尾|仁左衛門《にざえもん》討ち取り、御宿越前《みしゅくえちぜん》をば野本|右近《うこん》討ち取り、逃ぐる城兵の後を慕うて、仙波口より黒門へ押入り旗を立て、城内所々に火を放った。
敵の首を取る三千六百五十二級、この日の功名忠直卿の右に出ずるはなかった。
忠直卿は茶臼山に駒を立てていたが、越前勢の旗差物が潮のように濠を塞ぎ、曲輪《くるわ》に溢れ、寄手の軍勢
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