れたことを、大事に守っていた。
 が、この頃の彼は、国政を聞く時にも、すべてを僻《ひが》んで解釈した。家老たちが、ある男を推薦して褒め立てると、彼はその男が食わせ者のように思われて、その男を用うることを、意地にかかって拒んだ。国老たちが、ある男の行跡の非難を申し上げて、閉門の至当であることを主張すると、忠直卿は、その男が硬直な士であるように思われて、いっかな閉門を命ずることを許さなかった。
 越前領一帯、その年は近年希な凶作で、百姓の困苦一方ではなかった。家老たちは、袖を連ねて忠直卿の御前に出《い》で、年貢米の一部免除を願い出《い》でた。が、忠直卿は、家老たちが口を酸《す》っぱくして説けば説くほど、家老たちの建言を採用するのが厭になった。彼自身、心のうちでは百姓に相当な同情を懐きながら、家老たちのいいままになるのが不快であった。そして、家老たちがくどくどと説くのを聞き流しながら、
「ならぬ! ならぬと申せば、しかと相ならぬぞ」と、怒鳴りつけた。なんのために拒んだのか、彼自身にさえ分からなかった。
 こうした感情の食い違いが、主従の間に深くなるにつれ、国政日に荒《すさ》んで、越前侯乱行の
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