服を着て礼を正し、皺腹をかき切って、惜しからぬ身を捨ててしまった。
忠直卿御乱行という噂が、ようやく封境《ほうきょう》の内外に伝わるようになった。
勝気の忠直卿は、これまでは、他人に対する優越感を享受するために、よく勝負事を試みたが、このことがあって以来は、その方面にも、ふっつりと手を出さなくなった。
こうなると、忠直卿の生活がだんだん荒《すさ》んで行くのも無理はなかった。城中にあっては、なすことのないままに酒食に耽り、色《いろ》を漁った。そして、城外に出ては、狩猟にのみ日を暮した。野に鳥を追い、山に獣を狩り立てた。さすがに鳥獣は、国主の出猟であるがために、忠直卿の矢面《やおもて》に好んで飛び出すものはなかった。人間の世界から離れ、こうした自然界に対する時、忠直卿は自分を囲う偽りの膜から身を脱出し得たように、すがすがしい心持がした。
五
これまでの忠直卿は、国老たちのいうことは、何かにつけてよく聞かれた。まだ長吉丸といっていた十三歳の昔、父秀康卿の臨終の床に呼ばれて、「父の亡からん後は、国老どもの申すことを父が申すことと心得てよく聞かれよ」と諭《さと》さ
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