もなかった。
 自信にみちていた忠直卿の耳にも、正真の事実として聞えぬわけには行かなかった。
 右近の言葉は、彼の耳朶《じだ》のうちに彫り付けられたように残っている。
 考えてみると、忠直卿は今日の華々しい勝利の中でも、どこまでが本当で、どこからが嘘だか分からなくなった。否、今日のみではない、生れて以来幾度も試みた遊戯や仕合で、自分が占めた数限りのない勝利や優越の中で、どれだけが本物でどれだけが嘘のものだか分からなくなった。そう考えると、彼は心の中を掻きむしられるような、激しい焦燥を感じた。彼とても、臣下のすべてから偽りの勝利を奪っているのではない。否、その中の多くの者には正当に勝っているのだ。それだのに右近や左太夫などの不埒者《ふらちもの》のいるために、自分の勝利が、すべて不純の色彩を帯びるに至ったのだと思うと、彼は今右近と左太夫とに対し、旺然たる憎悪を感じ始めたのである。
 が、そればかりではなかった。こうなると、つい三月ばかり前に、大坂の戦場に立てた偉勲さえ、なんだか怪しげな正体の分からぬもののように、忠直卿の心の中に思われた。彼が、今まで誇りとしていた日本樊※[#「口+會」、第
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