のうちにむずむずと溢れてくるのを覚えた。元より彼の意志がなんらの制限を蒙らず、彼の感情が常に豊満していることは、決して今に始まったことではなかった。幼年時代からも、彼の意志と感情とは外部からはなんらの抑制も被らず、思うままに溢れていたのであった。彼は今までいかなることに与《たずさ》わっても人に劣り、人に負けたという記憶を持っていなかった。幼年時代に破魔弓《はまゆみ》の的を競えば、勝利者は必ず彼であった。福井の城下へも京の公卿《くげ》が蹴鞠《けまり》の戯れを伝えて、それが城中にもしばしば行われた時、最も巧みに蹴る者は彼であった。囲碁将棋|双六《すごろく》というもてあそび[#「もてあそび」に傍点]ものにおいても、彼は大抵の場合勝者であった。元より弓馬槍剣といったような武士に必須な技術においては、彼の技量はたちまちに上達して、最初同格であった近習たちをぐんぐん追い越して、家中においてその道に名誉の若武者たちにも、たちまちに打ち勝つほどの上達を示すのを常とした。
こうして、周囲の者に対する彼の優越感情は年と共に培われて来た。そして、自分は家臣共からはまったく質《たち》の違った優良な人格者であ
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