衛の諸役人が、すわやと思っていると、羽田沖で急に転回し、外海《そとうみ》の方へ向けて走り始めた。
一艘はそのまま本国へ、他の六艘は下田へ向ったという取沙汰であった。
寅二郎と重輔は、黒船の動き出すのを見ると、口惜し泣きに泣いたが、下田へ向ったのを知ると、すぐ保土ヶ谷の宿を払って、その後を慕った。
鎌倉、小田原、熱海と泊って、今日三月十七日熱海を立ったのである。
二人が、伊東へ一里ばかりの海岸へ来たときに、道の両側に蜜柑畑があり、その中には早しらじらと花の咲いたのがあって、香《かん》ばしい匂いが、鼻を衝いた。二人が蜜柑畑の中の畔《あぜ》に腰を下ろして、割籠《わりご》を開こうとしたときだった。蜜柑の畑の中に遊んでいたらしい子供が声を上げた。
「やあ! 千石船が通るぞ。やあ、千石船よりもまだ大きいぞ。しかも二艘じゃ」
寅二郎は、なんの気もなく海上を見た。見ると、海岸から一里も隔っている海上を、異様な怪物が、黒色の煙を揚げつつ疾駆《しっく》しているのだった。それは、夢にも忘れない黒船だった。今日は、その三重の帆を海鳥の翼のごとく広げ、しかもそれでも足りないで、両舷の火輪《かりん》を回
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