、飲食、休息、睡眠すべて困難なり。我らは、この囹圄《れいご》より脱する能わず。泣かんか、愚人のごとし。笑わんか、悪漢のごとし。嗚呼《ああ》、我らは黙して已《や》まんのみ。
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 提督《ていとく》ペリーをはじめ、先夜の会議に列した人々は、揃ってこの訳文を読んだ。そして、銘々に深い感激を受けずにはおられなかった。
「なんという英雄的な、しかも哲学的な安心立命《あんじんりつめい》であろう」
 提督は深い溜め息とともにそう呟《つぶや》いた。
 不意に、歔欷《きょき》の声が一座をおどろかした。それは、若い副艦長のゲビスであった。
 提督は、ゲビスのそばに進みよって、その肩を軽打した。
「そうだ。君の感情がいちばん正しかったのだ。君はこれからすぐ上陸してくれたまえ。そして、この不幸な青年たちの生命を救うために、私が持っているすべての権力を用うることを、君にお委せする」
 ゲビスは、それをきくと、勇み立って出て行った。
 ワトソンは、心の苦痛に堪えないで、自分の船室へ帰って来た。が、そこにもじっとしていることができなかった。彼は、自分の船医として主張した一言が、果して正当であ
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