》んで、芽ぐむばかりになった鴨脚樹《いちょう》の枝の間から、薄緑に晴れ渡った早春の空を眺《なが》めて居た。すると、
「先生!」と、声がして、いつもよく、遊びに来る隣家の子供が、兄弟|連《づれ》でやって来た。譲吉はもう三十に近かったが子供とたわいなく、遊ぶ事が好きで、こうした来客を歓迎した。兄の方が、新しく買ったらしい、ピンポンの道具を持って居た。そして、
「先生! ピンポンを買って貰ったから、しましょう。随分|旨《うま》くなったのだから。」と、云った。
 譲吉は、隣家の主人に頼まれて、此の子供達に英語を、ホンの一週間ばかり教えた事があるので、兄弟は今でも譲吉の事を、先生と云って居た。
「あ、やろうやろう、直ぐ負かしてやるから。」譲吉は、実際、ピンポンには自信があった。彼は中学時代には、ピンポンの選手であった。
「先生! 雨戸を一つ外《は》ずせませんか、台にするんだから。」と、弟の方の少年が云った。やがて譲吉も手伝って雨戸が一つ、縁側の上に置かれ、そして、その中央に不完全な網《ネット》が張られた。が、ボールは思う通りには、バウンドしなかった。でも、段違に上手《じょうず》な譲吉は、相手の少
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