俺のがかい? 一体何うしてだ。」
 と、彼は半信半疑で訊《き》き返した。
「近藤の奥さんのお遺物《かたみ》よ。先刻《さっき》、お使が持って来たのよ。」
 と、妻は洗い物を早々に片づけ始めた。
「えい! 本当かい。」
 と、譲吉は軽いショックを感じた。
「本当ですとも、行って御覧なさい! 座敷へ拡げてあるわ。」
 彼は妻よりも、一足先に家へ這入った。如何《いか》にも妻が云った通り、座敷の真中に、女物に仕立てられた大島の羽織と着物とが、拡げられて居た。裏を返して見ると、紅絹裏《もみうら》の色が彼の眼に、痛々しく映った。
「いい柄だわね、之なら貴方だって着られるわ。直ぐ解いて、縫わしにやりましょう。夫とも、一度洗張りをしなければいけないでしょうか。」と、続いて這入って来た妻は、大島を手に取って、つくづくと眺めて居る。
 譲吉も、自分達の望んで居た、大島が出来た事に、多少の満足を感ぜぬわけには行かなかった。が、一生の恩人である近藤夫人を失って、大島の揃を得た譲吉の心は、彼の妻が想像して居る程単純な明るいものとは、全く違って居た。
[#地から2字上げ](大正七年六月)



底本:「現代日本文
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