藤家の世話になる事になったのだが、譲吉は秀才でないばかりか、可なり怠惰者《なまけもの》に近い方であった。そして、毎年の学年試験には、漸く及第点を取る位であったが、夫人は何時迄も、譲吉を秀才だと考え、頼もしい青年だと思って居た。譲吉は夫人の死に依って生活の保証の一つを失ったと同時に、彼の第一の知己を失った訳であった。
が、譲吉はあまりに、利己的な涙ばかりを出して居た。夫人の死が、譲吉に及ぼした打撃ばかりに就いて泣いて居た。が、夫人の死に就て、譲吉よりももっと大きい打撃を受けた人がまだ沢山あった。夫は無論近藤氏一家の人々であった。家庭中心であった近藤氏の家庭では、夫人は一家の太陽であった。夫の近藤氏が、政党の首領として忙しい身体である為に、夫人は七人の子女から成る大きい家庭を、自分一人で支配せねばならなかった。そして、夫人は母たる愛情を、七人の子供に平等に領《わ》けて居た。譲吉はまだ十六にしかならない令嬢の雪子さんや、十一になったばかりの瑠璃子《るりこ》さんが、夫人の死の為めに受くる愛情生活の破産《バンクラプシイ》を考えると、自分の悲しみなどは恥しいほど、小さいものだと思わずには居られな
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