中の宿屋に泊らず、藩邸に起臥するやうに、勧告したが、容れられず、宮部鼎蔵等にも外出を極力制止してゐたのである。
 当夜の手記に依ると、
「乃美|乃《すなは》ち杉山松助、時山直八をして、状を探らしむ。二人帰り報じて曰く、俊太郎逮捕の為め、或ひは不穏の事あらん。宜《よろし》く邸門の守を厳にすべし、と同夜有志多く池田屋に集ると聞く、其の何人たるを詳《つまびら》かにせず」
「夜に入り杉山松助、窃《ひそか》に槍を提げ、外出すと云ふ。未だ久しからずして、松助片腕を斬られ鮮血淋漓として帰邸し、急変ありと告げ、邸門を閉ざし、非常に備へしむ。乃美、何故に外出せしやと問ふ。池田屋に赴かんとして、途中|斯《かく》の如し、遺憾に堪へずと答ふるのみ」
 杉山は、途中で要撃されたのであらう。
「邸の近傍に吉田稔麿の死屍を発見す。宮部は池田屋に死し、其の弟傷を負ひ邸に帰る。池田屋女主即死。桂小五郎は屋上より遁れて、対州邸の潜所に帰る」
 この池田屋事変で、勤皇方にとつて、最も大きな損害は、宮部鼎蔵と吉田稔麿の死であらう。
 吉田稔麿は、脇差をとつて力戦し、裏庭で沖田総司と、一騎討ちになつた。その腕は相当のものであつ
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