後には東山が静かに横たわっている。雨の降った晩などは両岸の青や紅の灯が水に映る。自殺者の心に、この美しい夜の堀割の景色が一種の romance をひき起して、死ぬのがあまり恐ろしいと思われぬようになり、ふらふらと飛び込んでしまうことが多かった。
しかし、身体の重さを自分で引き受けて水面に飛び降りる刹那には、どんなに覚悟をした自殺者でも悲鳴を挙げる。これは本能的に生を慕い死を恐れるうめき[#「うめき」に傍点]である。しかしもうどうすることもできない。水煙《みずけむり》を立てて沈んでから皆一度は浮き上る。その時には助かろうとする本能の心よりほか何もない。手当り次第に水を掴《つか》む、水を打つ、あえぐ、うめく、もがく。そのうちに弱って意識を失って死んでいくが、もし、この時救助者が縄でも投げ込むと、たいていはそれを掴む。これを掴む時には、投身する前の覚悟も、助けられた後の後悔も心には浮ばない。ただ生きようとする強き本能があるだけである。自殺者が救助を求めたり、縄を掴んだりする矛盾を笑うてはいけない。
ともかく、京都にいい身投げ場所ができてから、自殺するものはたいてい疏水に身を投げた。
疏
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