れて死ぬ。汽車に轢かれるなどということもむろんなかった。
 しかしどうしても身を投げたい者は、清水の舞台から身を投げた。「清水の舞台から飛んだ気で」という文句があるのだから、この事実に誤りはない。しかし、下の谷間の岩に当って砕けている死体を見たり、またその噂をきくと、模倣好きな人間も二の足を踏む。どうしても水死をしたいものは、お半長右衛門のように桂川まで辿って行くか、逢坂山《おうさかやま》を越え琵琶湖へ出るか、嵯峨の広沢の池へ行くよりほかに仕方がなかった。しかし死ぬ前のしばらくを、十分に享楽しようという心中者などには、この長い道程もあまり苦にはならなかっただろうが、一時も早く世の中を逃れたい人たちには、二里も三里も歩く余裕はなかった。それでたいていは首を括《くく》った。聖護院の森だとか、糺《ただす》の森などには、椎の実を拾う子供が、宙にぶらさがっている死体を見て、驚くことが多かった。
 それでも、京の人間はたくさん自殺をしてきた。すべての自由を奪われたものにも、自殺の自由だけは残されている。牢屋にいる人間でも自殺だけはできる。両手両足を縛られていても、極度の克己をもって息をしないことに
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