かった。雄吉は、どうかしてこの不快から逃れようと思った。が、青木と会ってから三十分にもならないのだから、体《てい》よく別れを告げるわけにもいかなかった。
「どうだい! 君、桑野のところへ行ってみないかい」と、ようやく雄吉は一策を考えた。桑野は、やはり同窓の一人で、作家としていちばん早く世間から認められた男であった。
青木も賛成した。雄吉は給仕女を呼んで、勘定を払おうとした。すると青木はいつの間にか五円札を持っていて、「いや勘定は俺がしよう」といいながら、女中に五円札を渡した。雄吉は強いて争うべきことでもないので、青木のなすままにした。雄吉は、青木の、そうした弱味を見せないぞ、零落はしていないぞといったような態度が、かなり淋しかった。
二人は、尾張町から上野行の電車に乗った。ふと、雄吉は停留所の電柱の時計を見ると、ちょうど三時を示していた。明日の四時といえばもう二十五時間だ。二十五時間経てば、青木――雄吉にとっては、永久の苦手ともいうべき危険性を帯びたこの男は、東京にいなくなってしまうのだ。もう少しの辛抱だと思った。そう思っていると、青木は、
「君! 雑誌記者なんて、ずいぶん惨めな報
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