快に思った。青木と雄吉との間に起った交渉、それを雄吉は胸に彫りつけているのに、青木はそれをけろりと忘れたように、雄吉に対して、それに対するなんの遠慮も、払っていないらしかった。
「君の単行本はまだ出ないのかい」と、青木は雄吉がたじたじとすればするほど、揶揄《やゆ》とでもとればとれそうな質問を連発した。まだ三、四篇しか作品を発表していない雄吉に、単行本が出せるわけはなかった。
雄吉は、向い合って話しておればおるほど、不思議な圧迫を感ぜずにはおられなかった。
六年憎み続けてきた青木、今ではもう、彼の天分を尊敬したことさえ一つの迷妄だと自分では思っている雄吉にとって、青木はなおある不思議な魅力と威圧とを持っていた。久し振りに顔を見合わした当座こそ、恥かしさに面を挙げ得なかったほどの青木が、紅茶を一杯すすっているうちに、いつの間にか、雄吉の上手に出ているのを感じた。雄吉は、そのことがかなり不快であった。青木が全然失敗の男であり、しかも雄吉に対しては、とても償いきれぬような不義理を重ねていながら、いったん顔を見合わしていると、彼の人格的威圧が、昔のように厳として存在しているのが、雄吉は堪らな
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