時の、青木の顔が一時に生気を呈したのはむろんであった。が、青木は、なるべくその生気を押し隠すように、涙を――それも嬉し涙であったかも知れぬと雄吉は後で考えた――ぽろぽろと流しながら、「そんなことを! 僕の罪を君に委せて、僕が晏然《あんぜん》と澄ましておれるものか、僕はそれほど卑屈な人間ではない。さあ一刻も猶予すべきでない、さあ主人のところへ行こう」
 雄吉は、後年になってから、なぜその時青木と一緒に主人のところへ行かなかったかを悔いた。が、不思議な感激と陶酔とに心の底までを腐らされていた雄吉は、威丈高《いたけだか》になるばかりに、
「ばかなことをいっちゃ困る。君が、この家を出たら、どうなると思う。君はその弱い身体で、パンを求めるさえ大変じゃないか。まして、学校をどうするのだ。君は自分で、自分の天分を愛惜することを忘れちゃだめだぞ。僕はこの家を出ても、どうにでもやってみせる」と、感激に溢れた言葉でいった。
「君がなんといっても、君に代ってもらっては僕の良心に済まない。どうか、僕に自白させてくれ給え」と、青木は叫んだ、青木の言葉も、まんざら偽りだとは思われないほど感激していた。
「が、どち
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