はむろんである。雄吉は、自分が青木の代人としてそうした大金を引き出すのを、一個の名誉であるがごとく、欣んで○○銀行支店へ駆けつけた。
 手の切れるような、十円札を十枚、汗ばんだ手で握りしめながら、雄吉はあたふたと帰ってくると、青木は鷹揚に、
「やあ御苦労御苦労」と頷いて、雄吉から受け取った札を数えると、その中から二枚を雄吉の前に差し出しながら、「ほんの少しだが、取っておいてくれ給え」といった。中学時代から、貧家に育った雄吉には、二十円というような大金をまとめて掴《つか》んだことは、そうたびたびある経験ではなかった。雄吉は、自分の尊敬する君主から、拝領物をでも戴いたように低頭せんばかりに、
「やあ、ありがとう」と、いいながらそれを押し戴くようにした。
 八十円を懐にした青木は、線香花火のように燦《きらび》やかな贅沢をやった。彼は、クラスの誰彼を、その頃有名に成りかけていた、 鎧橋《よろいばし》際のメイゾンコーノスへ引っ張って行って、札びらを切って御馳走した。そして、二晩も三晩も、寄宿舎へ泊るといって、近藤の家へは帰ってこなかった。
 が、一週間と経ち、十日と経つうちに、青木はまた元のよう
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