ている幸運を意識し、享楽していた。長い間認められなかった彼の創作が、ようやく文壇の一角から採り入れられて、今まではあまり見込みの立たなかった彼の前途が、明るい一筋の光明によって照され始めていた。彼の心にはある一種の得意と、希望とが混じりながら存在していた。ことに、彼は自分の暗かった青年時代を回想すると、謙遜な心で今の幸運を享受することができた。
 彼は、ともかくも晴れやかな浮揚的《ボイアント》な心持で、歩き馴れた鋪道の上を歩いていた。彼の心には、今のところなんの不安もなければ憂慮も存在していなかった。まったく安易な、のうのうとした心安さであった。他人が見たら、彼は少し肩をそびやかしていたかも知れぬほどの得意ささえ、彼の心のうちに混じっていた。彼が、銀座で有名な△△時計店の前まで来た時であった。彼は、ふと自分の方へ動いてくる群衆の流れのうちに、ある一つの顔を見出した。見覚えのある顔だと、彼は思った。それはほんの一瞬時だった。青木だ! と気がつくと、彼の脚はぴったりと鋪道の上に釘付けにされたように止まってしまった。が、釘付けにされたものは、彼の脚ばかりではなかった。彼のすべての感情が、その
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