六
青年の面《おもて》が、火のやうな激憤で、埋まるのを見ると、紳士はそれを宥めるやうに云つた。
「いや、貴君がお怒りになり、お駭きになるのも尤もです。が、あゝした人には、近よらないのが万全の策です。貴君が怒つて先方にぶつかつて行くと、いよ/\相手の術策に陥つてしまふのです。あの方の張つてゐる蜘蛛の網の中で手も足も出なくなつてしまふのです。たゞ、一刻も早く茲《こゝ》を去られるのが得策です。いや、茲《こゝ》ばかりではありません。夫人の周囲から[#「周囲から」は底本では「周圍から」]、絶対に去られるのが得策です。触らぬ神に祟りなしと云ふ言葉があります。まして、相手は特別、恐ろしい女神ですから。はゝゝゝゝゝゝ。」
紳士は軽く笑つた、話が、余り緊張して来たのを、わざと緩めようとして。
「然し、兎に角私としては、これでお兄《あにい》さんに対する責任を少しは尽したやうに思ふのです。さう云ふ意味で、貴君が僕の云ふことを、よく聴いて下さつたのを有難く思ふのです。いや、私が一歩遅かつたら、貴君もどんな目に逢つてゐるかも知れなかつたのです。」
紳士は、自分の忠告が間に合つたことを、欣ぶや
前へ
次へ
全625ページ中600ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング