。その中に、青年の腰かけてゐる椅子が、かすかな音を立て初めた。見ると、青年の身体が、怒《いかり》のために激しく顫へてゐたのである。
「何《ど》うです! これほど、確な証拠はないでせう。遭難当時のお兄《あにい》さんの心持が、ハツキリ解つてゐるでせう。途中で、奇禍に逢はれなかつたら、お兄さんは屹度《きつと》、熱海か何処かで、自殺をしてをられる筈です。」
紳士は、ノートを覗き込むやうにしながら云つた。
青年の顔は、恐ろしい感情の激発のために、紫色にふくらんでゐた。
紳士は、青年の感情をもつと狂はすやうに云つた。
「其処に白金《プラチナ》の時計のことが、書いてあるでせう。お兄《あにい》さんは、死なれる間際に、その時計を返して呉れと云はれたのです。偶然にも、その時計は、その偽りの贈物は、お兄《あにい》さんの血で、真赤に染められてゐたのです。衝突のときに、硝子《ガラス》が壊れたと見え、血が時計の胴に浸んでゐたのです。」
「それを何《ど》うしました。それを何うしました。」
青年は、激情のために、半《なかば》狂つてゐた。
「無論、それを返したのです。私は、お兄さんの心持を酌《く》んで、それを叩
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