のですか。それで、兄は何と云ひました。兄は死際に何と云ひました?」
 青年は、昂奮し焦つた。
「いや、それに就いて、貴君にゆつくりお話したいと思つてゐたのです。茲《こゝ》ぢや、どうもお話しにくいですが、いかゞです僕の部屋へ。」
 紳士は可なり落着いてゐた。
「貴君さへお差支へなけれや。」
「ぢや、僕の部屋へ来て下さい。丁度|妻《さい》は、湯に入つてゐますので誰もゐませんから。」
 紳士の部屋は、階段を上つてから、左へ二番目の部屋だつた。
 紳士は、青年を自分の部屋に導くと、彼に椅子を進めて、自分も青年と二尺と隔らずに相対して腰を降した。
「申し遅れました。僕は渥美と云ふものですが。」
 さう云つて紳士は、改めて挨拶した。
「いや、実は避暑に出る前に、貴君に一度是非お目にかゝりたいと思つてゐたのです。貴君にお目にかけたいもの、貴君に申上げたいこともあつたのです。それで、それとなく貴君のお宅へ電話をかけて、貴君の在否を探つて見ると、意外にも宮の下へ来てゐられると云ふのです。それで、実は私は小湧谷の方へ行くつもりであつたのですが、貴君にお目にかかれはしないかと云ふ希望があつたものですから、二
前へ 次へ
全625ページ中594ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング