人|丈《だけ》、眼鏡をかけた、皆の話を黙つて聴いてゐた一人だけ、友達と別れて、電車の線路に沿うて、青山一丁目の方へ歩き出した。信一郎は、その男の後を追つた。相手が、一人の方が、話しかけることが、容易であると思つたからである。
半町ばかり、付いて歩いたが、何《ど》うしても話しかけられなかつた。突然、話しかけることが、不自然で突飛であるやうに思はれた。彼は、幾度も中止しようとした。が、此機会を失しては、時計を返すべき緒《いとぐち》が、永久に見付け得られないやうにも思つた。信一郎は到頭思ひ切つた。先方が、一寸振り返るやうにしたのを機会に、つか/\と傍へ歩き寄つたのである。
「失礼ですが、貴君《あなた》も青木さんのお葬ひに?」
「さうです。」先方は突然な問を、意外に思つたらしかつたが、不愉快な容子は、見せなかつた。
「やつぱりお友達でいらつしやいますか。」信一郎はやゝ安心して訊いた。
「さうです。ずつと、小さい時からの友達です。小学時代からの竹馬の友です。」
「なるほど。それぢや、嘸《さぞ》お力落しでしたらう。」と云つてから、信一郎は少し躊躇してゐたが、「つかぬ事を、承はるやうですが、今|貴
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