性に近づいた。
女性が、式場を出外《では》づれると、彼女はそこで、四人の大学生に取り捲かれた。大学生達は皆死んだ青年の学友であるらしかつた。彼女は何か二言三言言葉を換すと乗るべき自動車に片手をかけて、華やかな微笑を四人の中の、誰に投げるともなく投げて、その娜《しな》やかな身を飜して忽ち車上の人となつたが、つと上半身を出したかと思ふと、
「本当にさう考へて下さつては、妾《わたくし》困りますのよ。」と、嫣然《えんぜん》と云ひ捨てると、扉《ドア》をハタと閉ぢたが自動車はそれを合図に散りかゝる群衆の間を縫うて、徐ろに動き始めた。
大学生達は、自動車の後を、暫らく立ち止つて見送ると、その儘肩を揃へて歩き出した。信一郎も学生達の後を追つた。学生達に話しかけて、此女性の本体を知ることが時計の持主を知る、唯一の機会であるやうに思つたからである。
学生達は、電車に乗る積《つもり》だらう。式場の前の道を、青山三丁目の方へと歩き出したのであつた。信一郎は、それと悟られぬやう一間ばかり、間隔を以て歩いてゐた。が、学生達の声は、可なり高かつた。彼等の会話が、切れ切れに信一郎にも聞えて来た。
「青木の変死は
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