顔形は、美しいと云つても、昔からある日本婦人の美しさではなかつた。それは、日本の近代文明が、初《はじめ》て生み出したやうな美しさと表情を持つてゐた。明治時代の美人のやうに、個性のない、人形のやうな美しさではなかつた。その眸は、飽くまでも、理智に輝いてゐた。顔全体には、爛熟した文明の婦人に特有な、智的な輝きがあつた。
婦人席で多くの婦人の中に立つてゐながら、此の女性の背後|丈《だけ》には、ほの/″\と明るい後光が、射してゐるやうに思はれた。
年頃から云へば娘とも思はれた。が、何処かに備はつてゐる冒しがたい威厳は、名門の夫人であることを示してゐるやうに思はれた。
信一郎が、此の女性の美貌に対する耽美に溺れてゐる裡に、葬式のプログラムはだん/\進んで行つた。死者の兄弟を先に一門の焼香が終りかけると、此の女性もしとやかに席を離れて死者の為に一抹の香を焚いた。
やがて式は了つた。会葬者に対する挨拶があると、会葬者達は、我先にと帰途を急いだ。式場の前には俥と自動車とが暫くは右往左往に、入り擾れた。
信一郎は、急いで退場する群衆に、わざと取残された。彼は群衆に押されながら、意識して、彼の女
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